パラレル通信

composer/Gaspar Knowsの中のひとり/神楽音楽研究中。 平日は某ゲーム会社にいます 連絡→outtakesrecords@gmail.com

水の中の八月

tofubeatsの水星が出た時に何が良いのか全くわからなかった。正確には曲としては良いなとは思ったが一部が熱狂している意味が理解できないといった感じ。どちらかというとダサいコードにいなたいラップが乗っててサビがあるという一番ダサい頃の日本のヒップホップ(ミクスチャーロック)的な文脈で見ていたのでオシャレな音楽として聞いている人たちは何を感じ取っているんだろうと。

 

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なのでRiverが出るまでtofubeatsは黙殺していた。River(というか、映画 寝ても覚めても)を知ってRUNを聞いてこれはすごいと思った。文脈で語っていた人がいつの間にかその中から自分の曲の核みたいなものを掴んで、文脈を取り払って核だけで曲を書いている感じ。音数も少ないアルバムだがあの時のFrank Ocean的な流れもあってほとんど構造だけに削られた曲で自分を出せていることに感動した。

 

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RUNは今聞いてもすごい曲だなと思う。リフ一発、リズムワンパターンでここまでかっこよくラップでもなく、ロックでもない音楽ができるのかと。ほとんど発明に近いのでは?

 

この時はいつも入れていた客演の曲もなくて本当にパーソナルなアルバムで自分に合った。それ以降もかなりいい曲をいくつも出しているがRUNは超えていないように思うし、まだこの路線はやれることがあるのではとも思ったり。

 

水星に反応していた人たちも、今思うとJ-popの引用とかそういった文脈を取っ払ってtofubeatsのパーソナルな音楽としてあの曲を聴いていたのかも?(騒いでた人の中でテイトウワまで辿った人ってどれくらいいるのだろう)

 

最近は小津から始まって引き続き50~60年代の日本映画を見る。小津や溝口がすごいのは細部を見ることをでしか得られない感覚(木々や夏の日差しや影や、そういったどこにでもある、ただ似ているだけでイコールではない景色に唯一性を見出す感覚)を演出で表せていることだろう。話自体は要約すると寓話的だし、小津に至ってはほとんど中身はないと言える。東京物語の物語の部分で感動してしまう人は流石に演出の異様さを安易に見落としすぎだと思う。(小津もそういった誤読を良くは思っていなかったようだし)

どれだけ上物を着飾ってもその構造の部分に自分(だけ)の解けない謎のような部分がないとただの借りてきた話になってしまう。娯楽として割り切るのであればそれでも良いが作家性というところを取るとすればそれは致命的になるだろう。

 

 

金曜は休みにしてバンド練。

新しい曲のリズムが難しくドラマーが叩けない。というか基本的なリズムの体幹ができていないのできちんと話す。

 

サニーデイの映画とか宮崎駿とか結構見たいものが出てきて映画館に行く意欲も湧いてきたが如何せん暑すぎるので、、